本因坊丈和 訓戒 1

「述而」で書いたように自分自身では何一つ教えるようなことを持ち合わせていないのですから、ここはやはり偉大な名人の書き残された教えを述べ伝えることにしたいと思います。
中国の名人にも王積薪の「十訣」を始めとして幾つか素晴らしい訓戒があるのですが、まずは本邦編ということにして手始めに、江戸時代を通じて本因坊道策とともに前聖、後聖と並び称された名人本因坊丈和(1787-1847)の言葉から始めたいと思います。以下にその全文を掲げます。
それ奔棋に三法あり。石立、分れ、堅めなり。
此の三つ宜しきときは其の業大功なり。
三の内、一を得ば凡ならず。
凡そ三十手、或は五十手、百手にして勝負を知るを修行の第一とす。
修行に正邪二つあり。
正道に志せば上達し、邪道に志せば下達す。
邪道とは欲心強きを云う。
欲心は見えぬ手を見出さんとして、調子長くなって起きる手筋を云う。
知らざれば考えてもなかなか見えぬものなり。
故に打つほどに下達す。
正道は欲心深からざるを云う。
其の術、早打ちにして手筋を心掛くるにあり。
早きときは欲心出る隙なし。欲心出でざれば手筋好く、次第に上達す。
これ初心第一の心得なり。
また地取り、石取り、敵地へ深入りし、石を逃ぐる、みな悪し。
それ地取りは隙なり、石取りは無理なり、深入りは欲心なり、石を逃ぐるは臆病なり。
故に地と石を取らず、深入りせば石を捨て打つべし。
地を取らざるは堅固、石を取らざるは素直、深入りせざるは無欲なり。
石を捨つるは尖なり。
とかく我が石を備え堅むるを第一とし、次に敵の隙間を打つべし。
かくの如くするときは手筋素直にして上達速やかなり。
初心の業、正道に入り易く上達し易からんことを示すのみ。
いかがでしょうか?
流石に含蓄がありますが若干わかりにくいところもあります。説得力という点では語っているのが名人丈和なのですから全く異論のはさみようもなく、碁の上達を望むならば心に留めるべきものだと思います。
ちなみに「奔棋」とは囲碁のこと。修行の第一の要諦として「勝負を知る」にあるとしているのもかっこいいですが、碁の上達の秘訣を見事に解き明かしてくれるのが「修行に正邪あり」から以下の部分です。
この部分について少し要点を整理したいと思います。
まず碁を学ぶ上で「正道」と「邪道」があると丈和は言っています。
それから「手筋」という言葉が出てきますが、良い手筋と悪い手筋の二つがあるようです。悪い手筋というのは、欲心から無理やりひねり出すような手のこと、良い手筋というのは欲心深からざる心がけによって自然に見えてくるものというような意味でしょうか。
そのような心がけの有無によって、打てば打つほど、一方は上達し、他方は下達する(下手になる)というのですから、これは一大事ですね。
つづく